2003年木更津駐屯地航空祭(2003年10月12日)90年、93年、98年に続いて4度目の木更津である。東京湾を挟んだ向かい側で割と近そうなのにあまり行かない理由は、土砂降りの雨の中クルマで下道を走ってみて実感した。やっぱ遠い(爆)。朝4時半に家を出て、東京湾岸をぐるりと回って駐屯地に着いたのは朝7時半。百里と同じく早朝でも3時間かかるのだった。 地上展示は17機種19機(用廃機含む、うち8機は飛行展示後に展示)。開場後に海自の2機が到着してランプイン。ところが陸自機以外の展示機はその海自の2機と民間の5機だけで、空自機や米軍機はおろか警察消防のヘリも来ず。なんということよ。ワタシが木更津に行く年はどういうわけかゲストが寂しいのであるが、今年は過去3回と比べて一番寂しかった。後で聞いたら明け方の大雨で外来機はキャンセルが相次いだらしい・・・。。・゚・(ノД`)・゚・。 というわけで、地上展示機のワタシ的メダマは用廃機(爆)。木更津に保存されているKV-107II-4Aである。ただ1機しか存在しなかったVIP仕様の陸自バートルで、機内を公開していたので入ってみる。内部は民間の旅客機のような作りになっていて、用廃機らしくそこここに『どこそこ国の誰それ首相がいついつどこでこの機体に乗りました』という写真が掲げられていた。 陸自のCH-47JAはワタシ的にはお初。JAの配備は陸自のほうが先だったのに、ワタシは空自のほうを先に見たのであった。とりあえず細部写真など少々撮ってみたり。アゴの下辺りが空自型と違っているようである。また所属が第1ヘリコプター団第1ヘリコプター隊第2飛行隊で、部隊マークが変わってから初めて間近で見られたのでアップでいただいてみたり。でも今回もまた、第1ヘリコプター団第2ヘリコプター隊第1飛行隊の天狗マークを間近で撮ることはできなかった。残念。 地上展示されたLR-1の垂直尾翼左側面にだけ航空祭記念マークが描かれていた。でも何故に旧陸軍独立飛行第18中隊の百式司偵に描かれていた虎マーク? “司偵乃末裔”というのは同じ『三菱製の機体』で『偵察任務がある』から? 何故に? といえば地上展示のOH-6Dはなんで高遊原駐屯地(熊本県)の第8師団第8飛行隊所属機なんだろ。(?_?) OH-1とUH-60JAは航空学校霞ヶ浦校所属機。教育部隊らしくシリアルの下二桁を白で大書きしているほか、UH-60JAのほうは部隊識別文字「SK」も白で上書きされ、機首上面にも白で「SK」の文字が書かれていた。またこのUH-60JAはESSS(機外搭載補助システム、平たく言えばスタブウイング)を外していた。 小ネタではあるが、地上展示のAH-1S(C-NITE)とCH-47Jの機首にはクルーチーフ名が書かれていた。しかも両方ともけっこう目立つ。いざという時には消すんだろな。 海自第101航空隊のSH-60Jは今年度の新造機でフル装備の艦載型。先月の百里では同じ第101航空隊のフル装備の陸上型を見たので、それを思い出しつつ艦載型と陸上型の違いをじっくりと観察してみたり。(^o^) 陸自の駐屯地祭の場合、飛行展示の前に創立記念式典が延々と続くのがお決まりなのであるが、今回は来賓席と演壇から離れた場所(しかも裏手)に陣取ったため、式典に何をやってたのか皆目不明。防衛庁副長官なんて方がいらしてたようである。式典の最後に『野整備作業展示』(73式大型トラックロング作業車の車載クレーンを使ったCH-47Jのエンジン取り外しと、クレーン車を使ったOH-6Dの73式大型トラックへの積載)というのをやってたらしい。 《地上展示機一覧》 今回は朝クルマを駐車場に入れてすぐに、今は亡きPC-VANのSIG「SKYER'S CLUB」でお世話になったさとうさんと合流。式典が始まる頃に同じく「SKYER'S CLUB」でお世話になったちのさんとも合流し、3名でロープ際にてマターリと模擬戦を観戦。終了後に流れ解散(笑)となった。 帰りは1345頃に駐車場からクルマを出し、朝入ってきた海自基地門から出て(出口渋滞はほとんどなし)北へ向かい、木更津金田ICから東京湾アクアラインをびゅーんと渡って(途中「海ほたる」にてカミさんへのお土産を購入)アッという間に川崎へ。もっともここからが長くて帰宅したのは1600頃(途中本屋に寄り道はしたが(^◇^;))。アクアライン、もっと安くなるといいんだがな〜。(-_-;) |