2-1.有機溶剤とは
ある物質を溶かし込んで溶体を作りうる液体を溶媒といい、これを工業的には溶剤(ソルベント)といいます。有機溶剤とは『他の物質を溶解する用途に用いられる、常温で液体の有機化合物』ということができます。 これは非常に数が多く、工業的に使用されているだけでも約500種類の化合物が知られています。これらのうち有機溶剤中毒予防規則の適用を受ける54種類のものはいずれも人体に有害なことが明らかになっています。 2-1-1.有機溶剤の分類有機溶剤を分類する場合によく用いられるものに、化学構造による分類と、沸点による分類とがあります。いずれも溶剤としての特性を左右する重要な性質であると同時に、化学構造の似ているものは人体に対する有害作用も似ていること、および沸点の低いものは蒸発しやすく有害な濃度になりやすいことから、これらの性質は有機溶剤に対する環境管理対策を立てるためにも重要な意味を持っています。なお、用途による分類もありますが、ここでは省きます。 なお、各溶剤名の最後に書かれている『(第2種)』などというのは、労働安全衛生法施行令第6条ならびに有機溶剤中毒予防規則第1条によって定められた有機溶剤の区分で、毒性の強い順に第1種、第2種、第3種に分けられています。 ※『3-1.有機溶剤による障害の症状とその発生機序一覧』の項も参照のこと 2-1-1-1.化学構造による分類◎芳香族炭化水素類高濃度では主として中枢神経系に作用して、興奮状態となり、ひどくなると意識を失います。低濃度の長時間ばく露では造血障害を起こすといわれていますが、これは混在するベンゼンによるものといわれています。また、皮膚・粘膜を刺激します。肝・腎の障害ははっきりとは現れません。
◎塩化芳香族炭化水素類芳香族炭化水素類に塩素が結合したもので、麻酔作用があり、肝・腎障害を起こします。
◎塩化脂肪族炭化水素類 塩化脂肪族炭化水素類は、塩素化しないもとの炭化水素類に比べて燃えにくく、あるいは燃えないという性質を持っています。これは溶剤としては、一般に引火性の高い有機溶剤の中にあって優れた特性になっています。このような特性は塩素化が進むほど強くなりますが、同時に毒性も強くなり、麻酔作用、皮膚刺激、肝・腎を冒すものが多くなります。また引火の危険が少ない反面、直火や灼熱した金属板などによって分解してホスゲンなどの刺激性の強いガスを発生する危険があること、燃えにくいため加温して使用することもあること、一般に液体でも蒸気体でも比重が大きいので、作業場内に高濃度な吹き溜りができやすく、排気・換気に注意を要することなど作業管理上注意すべき点も多くあります。
塩化脂肪族炭化水素類で溶剤として通常広く使用されている主なものは次の物質で、これらはメタン誘導体、エタン誘導体、エチレン誘導体に分けることができます。
1.メタン誘導体
2.エタン誘導体
四塩化炭素類の肝障害性は次の順に大きくなるといわれています。 3.エチレン誘導体
◎アルコール類アルコール類には軽い麻酔作用と粘膜刺激作用があります。慢性障害の危険はあまり多くはありません。
2)から6)の脂肪族アルコールの毒性は分子量が大きくなるほど大きくなります。
◎エステル類 有機溶剤として使われるのは、主として酢酸エステルです。高濃度になるとまず粘膜を刺激し、ついで麻酔作用を現すようになります。
酢酸エステルは体内ですみやかに加水分解を受けます。酢酸メチルは視神経障害、失明を起こします。これは体内においてメタノールを生じるためといわれています。酢酸エステルの局所刺激作用、麻酔作用は分子量が大きくなるほど大きくなります。
◎エーテル類エーテル類の特長は、麻酔作用が非常に強いことで、エチルエーテルは代表的な麻酔剤として医療に用いられています。大部分は代謝を受けずに呼気中に排出されます。
◎ケトン類ケトン類の主な作用は、軽度の皮膚粘膜の刺激および麻酔作用です。産業現場での慢性障害はほとんど聞かれません。大部分は代謝を受けずに呼気中に排出されます。
◎グリコールエーテル(セロソルブ)類エチレングリコールのモノエーテルをセロソルブと呼びますが、その中でも工業的に重要なものに(エチル)セロソルブ、メチルセロソルブ、ブチルセロソルブがあり、多くはニトロ・セルローズの溶媒、塗料の溶剤などに使われます。いずれも粘膜刺激作用、麻酔作用があり、慢性的には軽度の肝・腎障害を起こすことがあります。毒性はメチルセロソルブが最も強いといわれています。
◎脂環式炭化水素類炭素が環状に結合して芳香族化合物と同様の構造をなしますが、その性質は芳香族とは異なり、脂肪族に似ています。皮膚に対する刺激作用があり、高濃度では麻酔作用があります。
◎脂肪族炭化水素類脂肪族炭化水素類は毒性のきわめて少ない溶剤と考えられてきました。ところが、ノルマルヘキサンによる多発性神経炎が続発し、注目されました。これに関連してヘキサンを主成分とする石油エーテル、石油ベンジンについても検討されています。
◎脂肪族または芳香族炭化水素の混合物 石油を分留して得られるガソリン系の「石油系溶剤」は主として脂肪族炭化水素の混合物から成り立っています。なお、石油系溶剤の中には芳香族炭化水素を含むものもあります。
これには、皮膚粘膜に対する刺激作用があり、高濃度では麻酔作用が現れます。体内に吸収されて起こる慢性的な障害はほとんどなく毒性はきわめて少ない溶剤と考えられていますが、石油ナフサには、産地によってベンゼンを多く含有するものもありますので、その毒性に注意しなければならない場合があります。なお、組成は複雑なので、化学式は省略します。
これらはいずれも第3種ですが、実際にはほとんどのものがノルマルヘキサン、トルエン、キシレン等を5%を超えて含んでおり、第2種有機溶剤含有物となっています。
ガソリン(揮発油)は、沸点範囲30〜120℃の石油留分の一般的な名称で、内燃機関の燃料用(航空用、自動車用)と、溶剤用(工業ガソリン)とに分けられます。工業ガソリンの成分は種類(沸点範囲、用途)などによってかなり異なります。JIS規格では工業ガソリンを次の5種類に分類しています(カッコ内は一般名)。 2)コールタールナフサ コールタール系軽油の分留または石油の接触改質によって得られる石油系溶剤で、市販のものはほとんど第2種有機溶剤含有物に該当します。JIS規格では、沸点範囲により1号(120〜160℃)、2号(120〜180℃)、3号(140〜200℃)に分けています。キシレン、トルエンの代わりにアクリル系、フェノール系、メラミンアルキッド系樹脂塗料の焼付用シンナーとして使用されます。 3)石油エーテル沸点範囲約30〜70℃の石油留分で、主として香料、油脂などの抽出および精製に用いられます。きわめて揮発性が高く引火性です。化学的性質はノルマルヘキサンに近いです。 4)石油ナフサ粗製ガソリンと呼ばれるもので、一般に軽質ナフサと重質ナフサに分けられます。軽質ナフサは沸点範囲30〜130℃、比重0.65〜0.7の石油留分、重質ナフサは沸点範囲90〜170℃、比重0.7〜0.75の石油留分です。主として石油化学原料に用いるほか、溶剤としては潤滑油等の試験用試薬として沈澱用、抽出用に用いられます。性質は石油エーテルと似ています。 5)石油ベンジン沸点範囲50〜90℃の石油留分で、化学的性質はほとんど石油エーテルと同じです。主として試験分析用に用いられます。JIS工業ガソリン1号と混同しないように注意してください。 6)テレビン油いわゆる松根油の一種で、乾性油の酸化重合を促進する性質があり、表面張力が低く木材表面によく浸透しますので、ペイント、ワニス用のシンナーとして優れています。 7)ミネラルスピリットJIS工業ガソリン4号に相当する重質の石油留分で、引火点が高く、蒸発が遅いので、ペイント、ワニスの刷毛塗りシンナーに用いるほか、金属製品の洗浄用、ドライクリーニング用にも用います。 ◎その他
2-1-1-2.沸点による分類◎低沸点溶剤 沸点 〜100℃蒸発速度が早く、強い匂いがあります。希釈率が大きく、低粘度の溶液を作ります。
◎中沸点溶剤 沸点100〜150℃中程度の蒸発速度で、塗料溶剤として、よい展延性を与えます。
◎高沸点溶剤 沸点150℃〜蒸発速度が遅く、強い溶解力を持っていて、溶質の沈殿を防ぎます。塗料用溶剤のリターダーとして塗装面の白化現象を防ぎ光沢を与えます。
2-1-2.有機溶剤の一般的性質と危険性有機溶剤の一般的な性質は、『1-2-2.第4類の危険物の性質』で述べたこととほとんど同じです。これを有機溶剤中毒予防の観点からみた場合、次のようなことに注意しなければなりません(『3-2.有機溶剤の一般的性質とその危険性状』の項も参照のこと)。 ◎沸点と蒸気圧、蒸発速度 一般に沸点の低い有機溶剤ほど、ある温度における飽和蒸気圧が高く、蒸発速度も大きくなります。したがって沸点が低い有機溶剤ほど、ある温度で取り扱った場合に高濃度の蒸気を発散すると考えられます。また温度が高いほど有機溶剤の飽和蒸気圧は高くなり、ある有機溶剤を扱う際に温度が高いほど高濃度の蒸気を発散して危険です。
◎蒸気の比重 有機溶剤の比重は、すべて空気より大きく、多くの場合空気の動きの少ない場所で発散した蒸気は高濃度のまま床に溜まっていきます。たとえば窓を閉め切った室内で有機溶剤を缶に入れて台の上に置くと、濃厚な蒸気は缶の口から流れ出していったん床に溜り、時間が経つにつれて拡散して上昇してきます。床に溝などの凹所があると特に濃厚な蒸気が溜まって危険です。
しかし、一度空気中に拡散して空気と混ざり合った有機溶剤の蒸気は、ふたたび床に沈むことはなく、数百ppm程度に希釈された蒸気の比重は、空気とほとんど違いません。
一般的に、分子量の大きい有機溶剤の蒸気は比重が大きく、換気のよくない場所では床に溜りやすく、拡散しにくいと考えられます。
2-1-3.混合溶剤、シンナー 抽出用、洗浄脱脂用、反応用の目的には単一成分の溶剤が用いられることが多いのですが、そのほかの用途、特に塗料用の溶剤には、多くの場合溶剤としての特性をよりよく発揮させるために数種類の有機溶剤の混合物(混合溶剤)が用いられています。塗装、印刷、接着等多くの有機溶剤業務で、いわゆるシンナーと呼ばれる混合溶剤が化学組成不明のまま多量に使用されている例は多数みることができます。
残念ながら、私たちが模型製作で塗料や接着剤を使用している現場でも、その化学組成は明らかでないのが現状です。
一般にシンナーと呼ばれるものは、相乗効果によって溶解能力、蒸発特性、粘度(展延性)等を向上させることを目的として、性能の違う数種類の有機溶剤を混合したものです。その内容として、溶質に対し強い溶解力を持つ主溶剤、主溶剤の溶解力を助ける助溶剤、粘度を下げて作業性を向上させる希釈剤、それに塗料用シンナーの場合には、急激な蒸発を押さえて空気中の水分の凝縮による塗膜の白化(ブラッシング、俗に言う『カブる』という状態)を防ぐ蒸発抑制剤(リターダー)などを用途に応じて適当な割合で混合したものがあります。模型用の場合でいうなら、例えばGSIクレオスのMr.カラー用の普通のうすめ液と、エアブラシ用のレベリングうすめ液とでは組成が違うはずです。ただし、ここで『はず』と書いたのは内訳がわからないからです。
労働安全衛生法第57条では、規制対象有機溶剤54物質のうち47物質については、その成分、含有量、貯蔵または取扱い上の注意事項などを容器等に表示しなければならないことが、溶剤メーカー等に義務づけられています。しかし、残念ながら模型用のシンナーや塗料、接着剤についてはその限りではないようです。1人の作業者が1回に使用する絶対量が少ないからでしょうが、ぜひ表示しておいていただきたいものです。
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