2-3.予防措置

 有機溶剤による障害を予防する上で一番大切なことは、『有機溶剤をいかにして作業者に接触させないようにするか』につきます。つまり、皮膚や呼吸器に有機溶剤が付着することさえ防げれば、その後の障害は起こり得ないからです。
 そのためには、有機溶剤を扱う際の作業方法の改善、有機溶剤の蒸気の発散源を密封する設備または局所排気装置の設置、ならびに必要に応じては呼吸用保護具または保護衣類など衛生工学的な対策を講じることがきわめて大切です。
 このための手法としては、次の8つの方法があります。

  1. 有害化学物質の製造、使用の中止、有害性の少ない物質への転換
  2. 有害な生産工程、作業方法の改良による有害物発散の防止
  3. 有害物質を取り扱う設備の密閉化と自動化
  4. 有害な生産工程の隔離と遠隔操作の採用
  5. 局所排気装置の設置
  6. プッシュプル型換気装置の設置
  7. 全体換気装置の設置
  8. 作業行動の改善による異常ばく露と不要な発散の防止

 これらはみな、工場などでの環境管理対策ですが、模型製作の現場にも応用できるところがたくさんあります。次に、これらの手法について解説していきます。


2-3-1.有害化学物質の製造、使用の中止、有害性の少ない物質への転換

 健康にきわめて有害な物質で、それに代わって同じ目的で使用できる有害性のより少ない物質があるときには、その有害物質の使用を止めることが最良の対策です。

 これについては、模型製作の現場であてはまることとして、塗料を水性のものに替える、ということがあります。水性塗料自体には有機溶剤が含まれていますし、溶剤も専用のものを使う必要はありますが、用具の洗浄などを水で行えるようになるので、それだけ害を減らすことができます。

 もっとも、水性塗料には乾燥が遅いという欠点がありますので、せっかちな方にはツライかもしれません(笑)。最近国内にも入ってきた『モデルマスターアクリルペイント』は、水性塗料でありながら乾燥時間もかなり早く使いやすいようですが、残念ながら取り扱っているお店が少ないので入手の容易さという点ではまだまだです。

2-3-2.生産工程、作業方法の改良

 生産工程や作業方法を一部変更したり、順序を入れ替えることによって有害物を使わずに済ませたり、有害物の発散を止めたり、減らすことができます。

 模型製作の場合、たとえば同じ色の塗装をなるべくまとめて一気に行うとか、室内で行っていたエアブラシ作業を屋外でするようにするとかが考えられますが、大きな効果が上がるようなものは考えにくいですね。

2-3-3.有害物質を取り扱う設備の密閉化と自動化

 これは模型製作に応用するのはキビシイですね。手作業なればこその模型製作ですから。

2-3-4.有害な生産工程の隔離と遠隔操作の採用

 これも模型製作に応用するのはツライでしょう。いくら有機溶剤中毒がコワイからといって、遠隔操作で模型を作るのはナンセンスですし。(^_^;)

2-3-5.局所排気による有害物質の拡散防止

 作業により発散した有害物質が作業者の呼吸している空気と混ざらないようにするための対策が、この局所排気装置の設置です。切削、研磨、溶接、塗装、洗浄、溶剤等の注入、秤量容器詰、化学分析、その他有害物質を発散する工程で作業者の手作業を要するあらゆる工程に対し、もっとも現実的な対策として広く行われています。

 これは模型製作においてもきわめて有効な対策です。

 局所排気とは、『作業点(有害物の発散源)に近いところに吸い込み口を設けて、局部的かつ定常的な吸引気流を作り、その気流にのせて有害物が拡散する前になるべく発散したときのままの高濃度の状態で吸い込み、作業者が汚染気流にばく露されないように搬送排出する。また、できれば有害物を除去してから排出すること』と定義することができます。つまり発生した有機溶剤の蒸気を、作業する人が吸い込む前に何かで吸い込んでどっかに飛ばしてしまうということですね。

 局所排気は、局所排気装置によって行われます。工業で使用される局所排気装置は、ファン・フード・ダクト・空気清浄装置などで成り立っていますが、模型製作では専用の装置を設けることはフツーはしません。

  模型製作でよく使われるのは『ブース』と呼ばれるものです。工業用の局所排気装置でも、左右と上面を囲うようにした囲い式フードを「ブース」と呼びますが、模型用のそれは形が似ていることからそう呼ばれているようです。
2-3-5.1図 自作ブースの例
(私が使用しているもの)
 模型用の『ブース』は、工業用の局所排気装置からファンとフードだけを取り出したようなものです。寸法は縦横が各1m程度、奥行きは40〜50cmといった程度の大きさがあるとエアブラシ作業もしやすいようです。段ボールやベニヤ板などで左右と上面を囲むようにフードを作り、背面に穴を開けてそこに小さな換気扇を取り付け、開け放した窓際などに机や台を置き、その上にこのブースを置いて換気扇を運転しながら作業をすれば、有害な有機溶剤の蒸気は窓の外に排出される、という仕組みです。この際、ブースと窓の間を塞いで空気の逆流を防ぐような仕組みにできるとなお良いでしょう。また、この装置は作業中の風の影響もなくすことができます。
 なお、この『ブース』はエアブラシ作業で発生した塗料の粉塵や、リューターなどで模型を削ったり、水を使わずにペーパーがけを行ったりした際に発生するプラスチックの粉塵を吸い込まないように排出するのにも有効です。

 ちなみに、市販のブースの中には背面の換気扇がない小さなものもあります(例:プロホビー・KK32塗装ブースMアイコム))。しかしこれは風の影響の排除と塗料の粉塵の拡散防止にはある程度の効果が期待できるものの、その塗料の粉塵が作業者の目前に高濃度で留まることになり、有害物質の吸入防止の面ではあまり効果はないと思います。

 局所排気装置の設置条件や設置上の留意事項はいろいろとあるのですが、模型製作だけを考えるのであれば、ここで述べた簡単な『ブース』で充分でしょう。

2-3-5-1.模型用市販ブースの例

 模型用やイラスト用などの用途で市販されている、卓上で使える小型のブースには下記のようなものがありますので、参考になさって下さい。

 ●スプレーワーク・ペインティングブースII(シングルファン)(\17,640、タミヤ
 ●スプレーワーク・ペインティングブースII(ツインファン)(\26,040、タミヤ
 ●Mr.スーパーブース(\18,900、GSIクレオス
 ●スーパー塗装ブース(\12,600、ウェーブ
 ●スプレーブース ブラックホール(\14,800、AIRTEX
 ●スプレーブース ブラックホール ライトハウス(\16,500、AIRTEX
 ●スプレーブース ブラックホール ツインファン(\22,800、AIRTEX

2-3-6.プッシュプル換気による有害物質の拡散防止

 有機溶剤の蒸気の発散源の近くに局所排気装置のフードを設置するのが難しい場合や、発散面が広いために局所排気装置そのものの設置が困難な場合には、プッシュプル型換気装置を設置するのが有効な対策となります。これは、動力により形成した吹き出し気流と吸い込み気流の間に有機溶剤の蒸気の発散源を置いて、有害な蒸気を強制的に排出してしまおうという装置です。産業現場では、自動車の車体等の外面塗装の作業場所などに設置されています。

 模型製作ではこんな大掛かりな装置までは必要ありません。とはいえ、換気扇を回し、さらにその換気扇に向けて扇風機で起こした風をあて、自分がその間に入って作業をする、なんていうのは一種のプッシュプル型換気と言えなくはないですかね?(^_^;)

2-3-7.全体換気による有害物質の希釈排出

 有機溶剤の蒸気は局所排気装置を設けることで大部分は作業者の呼吸域に達する前に排出されますが、それとて完全ではありませんので、局所排気装置の吸引気流の補足範囲外に漏れ出してしまいます。そうなりますともはや局所排気装置では対処できませんので、そのまま放置すれば結果的には環境空気中の濃度が有害な程度にまで高くなることがあります。このような場合には、外部から新しい空気を入れて作業室内の有機溶剤濃度を薄める対策として全体換気を行います。

 平たく言えば、『窓を開けて風を通しなさい』ということです。あるいはエアコンなどの機能を用いて換気するといった方法も考えられますが、やはり基本は『窓を開けて風を通しなさい』でしょう。

 産業現場では、全体換気は計画的な換気量の確保が難しいため、密閉または局所排気の補助として用いられます。しかし、有機溶剤の蒸気の発生量が少ない模型製作の現場での場合、エアブラシ作業など多量の有機溶剤の蒸気や塗料の粉塵が発生する作業をするのでない限り、全体換気だけでも充分な効果が得られます。

 冬はツライですが(寒い地方の方は特に)、基本はやはり『窓を開けて風を通しなさい』、ですね。

2-3-8.作業行動の改善による異常ばく露と不要な発散の防止

 これはつまり、ちょっと注意すれば防げるようないわゆる『うっかりミス』や、有機溶剤の有害性への認識不足からくる不注意な行動を防ぐためにはどうすればよいか、作業者はよく知っておかなければならない、ということです。主な例として、次のようなことが挙げられます。

  1. 有機溶剤の缶や、有機溶剤の染みたボロ布等が入っている容器には面倒がらずにフタをしてください。これは可燃性の有機溶剤の場合火災防止のためにも重要です。
  2. 有機溶剤を使って物を拭いたりする際には、ボロ布等に必要以上の量の有機溶剤を染み込ませないようにしてください。
  3. 缶、びんなどに入った有機溶剤を他の容器に移す際には、こぼさないように注意してください。
  4. 作業姿勢に注意し、発散箇所に必要以上に顔を近づけて、有機溶剤の蒸気を吸入しないようにしてください。
  5. 通風換気不十分なところでエアブラシ塗装等を行いますと、きわめて高濃度の有機溶剤の蒸気が滞留して急性中毒の危険が生じます。通風不十分な場所では換気を行うとともに、送気マスク等の装着なしに多量の有機溶剤等を取り扱ってはいけません(『2-5-2.呼吸用保護具』の項も参照のこと)。
  6. 皮膚や衣服に溶剤等をつけないようにしてください。有機溶剤等の付着した物を取り扱う際には素手で扱わず、できるだけ不浸透性の保護手袋等を使用するようにしてください。有機溶剤で手を洗ったり、汚れた衣服、帽子等を洗濯することはよくありません(『2-5-3.労働衛生保護衣類』の項も参照のこと)。
  7. 当日の作業に直接必要のある量以外の有機溶剤等を作業スペースへ持ち込まないようにしてください。
  8. できるだけ風上で作業を行い、有機溶剤の蒸気の吸入を避けるようにしてください。

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